事例・インタビュー

インフラ維持管理によせる想い

京都大学学際融合教育研究推進センター
インフラシステムマネジメント研究拠点ユニット

宮川豊章特任教授

(一財)日本塗料検査協会(JPIA) 理事長
    CP工法研究会        会長
(一社)橋梁延命化シナリオ研究会   理事長
    PC鋼材非破壊検査協会    会長
    コンクリート研究会      会長

経歴

昭和50年3月京都大学大学院工学研究科修士課程修了。同年4月京都大学助手。平成元年6月京都大学講師。同3年4月京都大学助教授。同10年5月京都大学教授。同27年3月京都大学定年退職。同27年4月現職。

コニカミノルタが社会のインフラ維持管理に貢献するため、インフラメンテナンスの歴史と今後のあるべき姿を京都大学学際融合教育研究推進センターインフラシステムマネジメント研究拠点ユニットの宮川豊章特任教授にお話を伺いました。

作り、確かめる。インフラ維持管理にはこの両輪が必要

› 日本のインフラの老朽化に対する課題意識をお聞かせください。

日本のインフラは高度成長期にたくさん建造されました。本来、減価償却をするなど価値の目減りを折り込んでおくべきですが、そこまで考えられずに造られてきました。しかし、実際は50年100年経つといろんな形で劣化することが分かったんですね。すると、維持管理のために何らか別の形で費用を捻出しなければならないわけです。それがあまりに多くなると市民社会が破産します。サスティナブルに豊かで安心して暮らすには、インフラをうまく管理する必要があるのです。

また、インフラはそもそも市民社会を支えるものであり、コンクリート構造物は丈夫で美しく長持ちしなければ、市民社会を覆す結果になってしまいます。どちらの側面からしてもインフラ維持管理が重要であると結論づけられます。維持管理にあたっては、右図のように「造る技術」「使う技術」の両方が大事です。新設には検査が必須で、これにより造りこなすことができ、既設には診断が必要で、これが使いこなすということです。作る行為のほうが脚光を浴び、確かめる行為は脚光を浴びないことが多いのですが、「作る」「確かめる」の両方がないと、いろんな構造物を「造りこなす」「使いこなす」ことができないのです。

内部鋼材破断を非破壊で検知できる漏洩磁束法

その「確かめる」行為の一つがPC鋼材破断診断技術です。普通の鉄筋コンクリートだと相当劣化しても心配なく、鉄筋が垂れ下がっても、なんとかもってる橋もありますが、PC橋は鋼材が腐食し破断すると落橋することがありえます。日本に一番最初に衝撃を与えたのはイギリスのヤンシーグァス橋の落橋です。
昔は、プレストレスコンクリートは耐久性に富んでると言われていました。高強度で高耐久性があり、プレストレスによってひび割れも防ぐから良いと考えられていました。確かにその通りです。ところがPC鋼材の破断という肝心の所が十分には手当されていなかったのです。

特に、ポステン橋が心配です。ポステンはPC鋼材とそれを囲むシースとの間にグラウトを充填するのですが、グラウトはコンクリート本体と一体化させて力学的にうまく挙動をさせる「付着」と「防食」の2つの働きをします。みんな「付着」のほうは熱心に考えたのですが、「防食」の方は、あまり考えていなかったのです。
1960年代くらいからグラウトが採用されているのですが、1980年代半ばまでは大丈夫だと思われていたからグラウトに関する技術開発はされてこなかったのです。その悪例が1980年代半ばのイギリスのヤンシーグァス橋の落橋と2000年代の妙高大橋のPC鋼材破断です。イギリスの橋は報告書によると、なぜか目地にダンボールのようなものが含まれており、そこから劣化に至ったようです。しかし、落橋するまで誰も気が付かず、普通に使われていたのです。

21世紀に造られたものは信頼していますが、20世紀に造られたPC構造物はグラウトに不良があるだろうと言われています。そこでいろんな検査技術を探しました。一つはグラウトがきちんと充填されているかを検査するもの、もう一つはPC鋼材に異常がないかを検査するものです。
グラウト充填については打音振動法の他、X線透過法、広帯域超音波法などが開発されました。

しかし、グラウトが全く入っていなくても腐食していなければ問題ないため、本当に知りたいのはPC鋼材の方だということで、そちらの技術も探していました。そこで見つけたのが漏洩磁束法でした。私が漏洩磁束法を知ったのは20年以上前だと思います。当初は電柱のPC鋼材破断がすぐ分かるというので話を持ち掛けられたのがきっかけでした。次に、ASRによる鉄筋破断を見るために応用し、PC鋼材の破断に適用したのはその次でした。
漏洩磁束法では磁化された鋼材から漏れる磁場を利用してPC鋼材の破断を非破壊で検知することができます。SenrigaNも漏洩磁束法とそれを応用した方法で鋼材の破断が検知でき、着磁が難しい太い鋼材の破断も検出できる等、ユニークな技術です。すぐに結果が見えるなど現場でも使いやすいものだと思います。
インフラ維持管理の未来を考えると、コンクリート内部の非破壊検査は業界全体で取り組むべき課題です。例えば漏洩磁束法で鋼材の破断は分かるのですが、本当はその前の段階が分かるともっといいのです。腐食劣化していないか、断面欠損が生じていないか。その先に破断があります。これからの進歩も期待しています。

› 橋の管理者様から本当に鋼材が破断するんですか?と言われることがあります。

我々も破断した状況を見たことはそれほど多くはありません。でも、鋼材が破断することは確かにあるわけだし、鋼材が破断したときの影響が大きいことは把握しておく必要があります。
私は、適切な維持管理のための指針やガイドラインの策定に携わってきました。現在はPC工学会と改称した旧PC技術協会でPC構造物の耐久性と維持管理を兼ねたような基準「PC橋の耐久性向上マニュアル (2000年11月)」をPC技術規準研究委員会耐久性向上分科会主査としてとりまとめました。当時はグラウトについてはそれほど書いていません。問題意識も低かったし、書くだけの情報も十分にはありませんでした。
その後、PCグラウトおよび鋼材破断にターゲットを絞った指針「既設ポストテンション橋のPC鋼材調査および補修・補強指針 (2016年9月)」をPC工学会から発刊しました。既設ポストテンション橋のPCグラウト問題対応委員会委員長として、NEXCO総研の青木圭一さん・萩原直樹さんたちとともにとりまとめました。既設ポストテンション橋のPCグラウト問題対応委員会は国交省、高速道路会社、JR会社、地方公共団体からのメンバーを含むPC工学会にとって初めての大型委員会となりました。そこではいろんな資料を作り、その過程で漏洩磁束法と再び関係が深くなりPC鋼材非破壊検査協会を作る運びになりました。
PC鋼材破断の研究は海外でもそこまでやられていません。PC鋼材非破壊検査協会やコニカミノルタさんが最先端を走っていると考えて良いでしょう。

非破壊試験には100%を求めてはいけない。誤差を理解して使いこなすのが大事。

› 非破壊検査はどのように発展すべきでしょうか?

非破壊試験には100%の精度を求めてはいけないと私は思います。その誤差を踏まえた上で適切に使うのが重要なのです。本来は「この程度のものを感知できる非破壊試験を要求します」とオーナーが指定すべきなのですが、それができていないように思います。
PC鋼材が腐食しているかを知りたいという時にも、どの程度の腐食や、破断を知りたいのかはっきりしていないし、どの程度破断していたら良くないのかもまだ十分にははっきりしていないのです。
だから今、NEXCOやJRなどと議論している中で一番気になっているのが非破壊検査で、これだというような技術がないのが実情です。まだまだ技術開発が必要で、マーケットの裾野が極めて広い領域です。どこか一つの会社で北海道から沖縄までをカバーするのは現実的ではありません。いろんな観点で専門家が連携しなきゃいけないと思っていて、それがPC鋼材非破壊検査協会の設立につながっています。建設系会社の売上高研究開発費率は少なく、大手ゼネコンで1%レベルくらいです。1社単独で固有の技術だけでやろうとするのではなく、協力しあいながら連携するのがいいと思っています。そのためにPC鋼材非破壊検査協会を活用してください。土木業界は電気や磁気などに詳しくないので研修などで話題を提供していただくのもいいと思います。

› 橋全部を測るのが費用や時間の面で難しい場合どこを測ればよいでしょうか?

今のところ、PC鋼材に沿うような形のひび割れがある場合に、その部分を測るのがいいと思います。なぜそうなるのかはよく分かっていないのですが、グラウト未充填だと、ひび割れが生じるケースが結構あります。凍結防止剤が影響しているなど、明らかに塩害がある場所についても、計測する必要があります。また、点検結果を利用するなら、例えば20世紀に造られた「上縁定着構造の橋梁」というように対象を特定する、あるいは、未充填リスク表のようなものがあるので、それを使ってスクリーニングしていくといったアプローチが重要です。そういうことをPC工学会の指針では提案しています。

› 詳細検査の方法も法定点検化されるなどの検討はされているのでしょうか?

定期点検と詳細検査は性格が違います。詳細検査では、変状があったときに専門家と相談しなさいとなっています。
高速道路や、JRなどでは大規模更新があります。そこに関連づけて色々検討が進められていますが、その中で、そういったことについても、絶対に議論されないといけないと思っています。

› PC鋼材非破壊検査の今後に期待することはなんでしょうか?

コンクリート構造物、インフラについて「今どう悪いのか」と、「今後どう悪くなるのか」は違います。現状の漏洩磁束法は「今」の「破断」を診断する技術ですが、「腐食・錆・割れ」まで含めて、今こういう状況だったら、将来こう腐食するだろう、というように「未来」の「破断」を推定できるようになったらいいと思います。そのためには、今からデータを蓄積することが必要です。

› 業界の皆さまと協力しながらインフラ維持管理の一翼を担えるようになりたいと思います。
本日は貴重なお話をありがとうございました。

京都大学
宮川豊章特任教授

コニカミノルタ(株)BIC-Japan
大原徳子